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サッカーをこよなく愛する人、特にレアルマドリードを愛する人を笑顔にさせることを目的に書いているブログです(^^)レアルマドリードの試合を中心に、個人的な意見や独自の角度からの分析をしていきたいと思っております。今年は、ワールドカップイヤーということで、老若男女問わず色々な方とワールドカップで盛り上がることができればと思っております!!どうぞ宜しくお願いします。

『運に見放された国』 南米のスター軍団"セレシオン"~W杯勝ち抜けの カギは『チーム・メッシ』からの脱却~前編

W杯南米予選では最終節(18節)の
前に異常事態が起きた。


ブラジル代表は14節終了時点で
4試合を残して、ロシアの切符を手に入れた。


それとは対照的に、最終節を残し
W杯出場圏外の6位
に沈んでいたのが
アルゼンチン代表だ。


今季セリエA27得点21得点を取り
得点ランキング2位、3位のイカルディ
(インテル)、ディバラ(ユベントス)でさえも
代表に招集されないことがあるくらい、
選手層が厚く
過去2度のW杯優勝経験
あるのにもかかわらずだ。


結果的に最終節でエクアドルに先制を許すも
まるでイエス・キリストが乗り移ったような
神的なメッシのハットトリックで逆転し
W杯進出を決めたが、メッシがいなかったら
と考えただけでゾッとする。


どれだけ執拗にマークされたり
逆境に立たされてもメッシは
その状況を打開できるが、W杯は
いくらメッシとはいえども
『個』だけで勝てるほど、甘くない。


既にW杯まで残された時間は少ないが
『チーム・メッシ』からの脱却が
アルゼンチンのW杯を勝ち抜くカギなのだ。



~目次~

奇想天外な戦術家、サンパオリ監督

ホルヘ・サンパオリ

1960年3月13日(58歳)
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コパ・アメリカ優勝監督の
ヘラルド・マルティーノの後任として
就任したパウザ監督が、W杯南米予選での
成績不振による監督解任にあたり

後任としてサンパオリが就任しました。


アルゼンチン代表監督になるまでは
チリ代表(2012~2016)やセビージャ
(2016~2017
)などの監督を務めていました。


中でもチリ代表監督時代は
コパ・アメリカ2015で同代表を
初優勝に導き
、また同年のFIFAバロンドールでは
エンリケ(元バルセロナ監督)、
グアルディオラ(マンチェスターシティ
監督)と並び最優秀監督候補に選ばれました。
(投票で3位となり、惜しくも選ばれず)
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そんな実績のあるサンパオリ監督
一言で表すとすれば、イノベーターです。

具体的には常人が考えないような戦術を
駆使する監督です。



清武が所属していたセビージャ時代には
超攻撃的な[2-1-7]という
斬新なフォーメーションを採用して
6-4というスコアで勝ったり、また
アルゼンチン代表でも豊富なタレントを
活かした[2-3-5]
というフォーメーションを
試し、0-6で勝利しました。

それゆえにその斬新なアイディアで
『チームメッシ』を組織的なチームに変える
ことがサンパオリ監督には求められています。



アルゼンチン代表の注目選手

リオネル・メッシ

1987年6月24日(30歳)
173cm/72kg
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アルゼンチン代表、またサッカー界のスターこそ
このメッシです。


スター軍団バルセロナのエースであり
数々の偉業を成し遂げてきた
アルゼンチン
天才です。


メッシの魅力といえば、何と言っても
ドリブルです。

2~3人に囲まれようがお構いなしに
ドリブルで抜いていき、ファールでも
しないと防げないレベルのクオリティ
です。


(YouTubeより引用)


また意外とフォーカスされませんが
ドリブルに加えキックの精度もワールドクラスです。


グラウンダーの短いパス、サイドチェンジ、
フリーキックなどのロングパスなど、
長短左右を問わないキック精度で正確に
受け手の足元、また相手の嫌がる場所に

コントロールしてパスを供給します。


TBSの『体育会TV』にも度々出演しており
そのキック精度を披露しています。




逆にメッシの弱点といえば
体力がないことのみです。


しかしサンパオリ監督は、
"メッシによるメッシのための"
アルゼンチン代表を作っており、メッシが
守備の負担の少ないフォーメーションを
採用し
メリットを最大限に生かしつつも、
デメリットを最小限に削ぎ落としています。


~サッカーのできるか、できないかの瀬戸際にいたメッシ~

今でこそバロンドール5度受賞し、誰もが
認めるスーパースターですがひょっとしたら、
サッカー選手になれなかったかも
しれなかったのです。

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それはメッシの幼少期にまで
遡ります。


3歳のときにボールを与えられて以来
メッシは毎日のようにサッカーを
していました。

5歳の時には、6歳同士の試合に
欠員が出たため人数合わせで出場した試合で、
「立っているだけでいいと」言われ、
期待もされなかったにもかかわらず、

年上の子供たちを軽々と抜いていき、
それを見た大人たちは拍手喝采だった
そうです。

そして8歳になったメッシはロサリオの名門
ニューウェルス・オールドボーイズ
入団しました。


そこでも着々と成長してプロへの階段
駆け上がっていました。




しかしメッシに病魔が襲います。

それは、11歳の頃
『成長ホルモン分泌不全性低身長症』という
病気に突如かかってしまいます。


その名の通り成長ホルモンが著しく不足して
身長が伸びない病気で
、医師からは
『治療なしでは身長が伸びない』
診断されました。

アルゼンチンの強豪クラブである
リバープレートがメッシの獲得を
検討していましたが、治療費を負担できない
という理由から獲得を断念しました。


また、あまり裕福とは言えないの家庭に生まれた
メッシは治療費を払えず、大好きな
サッカーを辞めざるを得ない状況でした。


しかしサッカーの神様はメッシを
見放しませんでした。



13歳の時に受けたバルセロナのテストで
周囲を圧倒する輝きを見せました。


たまたまキックオフの時間に遅刻してきた
当時のバルセロナの監督だった
カルロス・レシャック監督
子供達の試合を眺めながら、ベンチに
座ったときこう思ったそうです。

『あ、この子はうちと契約することになるだろうな。』


当時身長が143cmしかなかったメッシ
才能を感じ、『紙ナプキンでもいいから、契約書を作ってサインさせろ』と言ったと言われています。


レシャックは、クライフ監督がバルセロナ
率いていた時に、クライフの下でコーチ
やっており、かつバルセロナの伝説的な選手
であり、クラブの重職を歴任していた人物です。


レシャックの見る目も然ることながら
それ以上に子供ながらもメッシの才能は
群を抜いていたのでしょう。


そして家族全員のバルセロナへの移住を
条件に治療費の全額負担をバルセロナ側から
約束され
、サッカーを続けることができました。


そして治療を続けた結果
メッシの身長は現在169cmまで伸び
選手としてもバルセロナの各年代の
カンテラ飛び級で昇進し、17歳のときには
トップチームデビューを果たし、
バルセロナで当時史上最年少デビューを
記録し、現在に至ります。


(YouTubeより引用)


ディ・マリア

1988年2月14日(30歳)
180cm/75kg
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大型補強により出番の少なくなった選手が
多くいるパリサンジェルマンの中で
38試合中30試合出場し11得点6アシスト
活躍でパリサンジェルマンのリーグ優勝に
貢献しました。



ディ・マリアの魅力は
サイドでの突破力とピッチを
縦横無尽に駆け回る運動量です。


相手を”抜くドリブル””運ぶドリブル”
両方ができ、サイドを突破してからの
クロスでチャンスを作ったり、または
サイドから中央へのカットインで自ら
シュートを撃ったり、またはチャンスメイク
するのが得意なスタイルです。


縦にも横にもボールを運べるので
メッシとポジション・プレースタイルが
被らず、共存しても問題ないという
メリットもあり
サンパオリ監督
このディ・マリアを積極起用させています。


守備ではバイタルエリアまで戻り
守備に参加する献身性・それを支える
スタミナが
チームを救います。


基本的には右WGでの出場が多いですが
左足のみならず、右足も器用に使えるので
左WGもでき、レアルマドリードでの経験
からインサイドハーフなどもこなせ、
中央、サイドを問わず様々なポジションで
プレーすることができます。


ディ・マリアの弱点といえば
ドリブル型の選手にありがちな
ボールを持ちすぎてしまうことです。



ワンタッチでボールをはたく
ダイレクトプレーはあまりなく

持ちすぎることにより攻撃のリズムを
スローダウンさせてしまい
、せっかくのいい
リズムを壊してしまう恐れがあります。



(YouTubeより引用)

話は変わりますがディ・マリア
アルゼンチン、ポルトガルイングランド
スペイン、フランスの5ヵ国のチーム
での
プレー経験があります。


スペインではクリスティアーノ・ロナウド
フランスではネイマール、代表ではメッシ
同じチームでプレーしており、そのような
選手は世界中見渡してもディ・マリアくらい
しかいません



あまり報道はされてませんが
どのチームでも普遍的に求められ、評価されている
選手の証拠です。

様々な監督に指導され、あらゆるプレーを
要求され、様々な選手とも連携を取り続ける
中で成長し続け、世界で5本の指にも
入るであろう世界屈指のオールラウンダーに
まで成長したのです。


マルコス・ロホ

1990年3月20日(28歳)
187cm/80kg
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2014年からマンチェスターユナイテッド
所属し、今シーズンは怪我やコンディション
不足の影響
公式戦9試合のみの出場
あまり出場機会を得られていませんでした。


にもかかわらず、今年の3月に
マンチェスターユナイテッド
2021年までの3年契約を結びました。

モウリーニョのユナイテッドには
戦術上フィジカルが強く、空中戦に強い
DFが必要不可欠であるため、ケガがちでは
ありますが、必要不可欠な存在なのです。


モウリーニョ監督も
『このクラブのために全てを捧げる彼が新契約を結んだことに満足している』と語っていることから
指揮官からの信頼も厚いです。


マルコス・ロホの魅力といえば
対人プレーの強さです。

激しいタックルを生かした対人能力、
空中戦は
プレミアリーグの中でも群を抜いており
マッチアップしたFWが非常に嫌がる
プレー
をします。


(YouTubeより引用)


モウリーニョ監督が練習中から
チームメイトに激しくタックルすることから
ロホとイブラヒモビッチに注意した
エピソードからも守備意識の高さが伺えます。

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それは数字でも表れていて4年前の
ブラジルW杯のデータでは様々なカテゴリーで
上位を独占しています。


1試合の平均走行距離に関しては
ミュラー(11.08km)、トニ・クロース
(10.77km)という運動量が必要となる
前線の選手に次ぎ
3位の10.63kmという数字を
出しています。


トップスピードでもDFの中では
ロン・フラール(33km/h)、フンメルス
(32.3km/h)に次ぎ、31.8km/hという数字で、
スピード自慢のロッペン(32.2km/h)に次ぐ
4位であります。


タックル数はオスカル(4.21回)、
フンメルス(2.47回)、デフライ(2.12回)に
次ぎ4位です(1.75回)


そのほかにも枠内シュート数
エリア内にボールを持ち込んだ回数や、
パス成功率クリア本数ボールリカバリー数
なども上位に食い込んでいます。


この数字から何が言いたいのかというと
何でも高いレベルでできるという観点からし
ケガさえなければセルヒオ・ラモスなどと
引けの取らない世界屈指のディフェンダー
なれていたのだと思います。


ケガがちという欠点さえなければの話ですが。




次はアルゼンチン代表の攻撃・守備の戦術、
課題
などを後編として綴っていければいいなと思っています。

近日中に公開するので楽しみにして頂けると
幸いです。


また最近忙しくて書けてなかった
試合分析のほうもチャンピオンリーグ決勝は
さすがにマドリディスタとしても
書かなければならないと思っているので、それも含め楽しみにしていてください。


今日も読んで頂きありがとうございます。

このブログが皆様のお役に立てれば幸いです。

ではまた!